院長ブログ
Diary of Gifu Skincare Clinic
2026.07.05
先日、第156回日本美容外科学会にて、大阪大学大学院情報科学研究科の中野珠実先生による講演「人はなぜ顔に魅せられるのか ― 自己と社会をつなぐ脳の仕組み」を拝聴しました。以下、内容の備忘録として、自分のメモをもとに整理しておきます。
人間は、およそ5000人くらいの顔を識別できるとのことでした。日常的にはそこまで多いとは感じませんが、家族、友人、学校や職場の知人、過去に会った人、有名人などを含めれば、相当数の顔を記憶していることになります。
顔を見分けるというのは、ただ相手を思い出すというだけではありません。誰が誰であるかを区別できるからこそ、その人との関係や、これまでのやり取り、信頼の積み重ねなども保持できます。顔の識別能力は、人間の社会生活を支える基本的な力なのだと感じました。
講演では、脳には顔面認識に特化した領域があることが紹介されました。代表的なのが紡錘状回で、ここは顔認識に重要な役割を果たす領域として知られています。fMRIでは顔を見たときにこの部位の活動が高まり、またこの近辺に障害が起こると、顔の認識がうまくできなくなることがあるそうです。
さらに、顔認識は一つの領域だけで完結するのではなく、いくつかの段階を経て行われるという説明がありました。まず顔を視覚でとらえ、後頭顔領域でとくにパーツへの反応が起こり、次に紡錘状回で顔全体の構成やパーツが統合され、さらに下前頭回でパーツ配置のような高次の関係が認識される、という流れでした。
この話を聞いて、顔を見るというのは単に「目・鼻・口がある」と判断することではなく、それぞれの情報を段階的に処理し、最終的に「この人の顔だ」と認識する複雑な営みなのだと改めて感じました。
図1 顔認知は、パーツの処理から配置・統合へと進んでいきます。
この講演で特に印象に残ったのは、顔の個別のパーツや輪郭そのものよりも、パーツの配置の変化が印象を大きく変えるという点でした。
たしかに、目や口そのものの形が似ていても、位置関係が少し違うだけで別人のように見えたり、不自然に感じたりすることがあります。顔認識においては、単なる部品の寄せ集めではなく、全体のバランスや配置が非常に重要だということです。
人間は顔を見るとき、目や口を中心に見ているという話がありました。とくに目を見る割合が高く、講演では「目を6〜7割、口を1〜2割見ている」との説明がありました。つまり、顔の中でもとりわけ目が重要だということになります。
目は、単なる顔の一部ではありません。相手がどこを見ているのか、何に注意を向けているのか、どのような感情を抱いているのかを読み取るうえで、きわめて大きな意味をもっています。顔の中でも目が強く注目されるのは、そこに情報が集中しているからなのでしょう。
講演では、人間の目の特徴として、次の3点が挙げられていました。
これらの特徴は、要するに「自分がどこを見ているかを相手に伝えやすい」ということを意味するそうです。他の動物では、視線を悟られにくいように眼球表面に色素があることが多い一方で、人間はむしろ視線を見せる方向に進化している、という説明でした。
この話はとても印象的でした。人間にとって視線とは隠すものではなく、むしろ相手と共有する情報なのだと思います。視線を通して人はコミュニケーションしており、その意味で目は社会性の高い器官なのだと感じました。
図2 人間の目は、どこを見ているかを相手に伝えやすい構造をしています。
顔認知は、「誰の顔か」を見分けるだけではありません。人間は顔から、表情、感情、意図、視線なども読み取っています。
講演では、後頭葉が表情や視線を認知するという話もありました。目が重要なのは、そこから感情や注意の向きが読めるからでもあるのでしょう。顔は人物同定のための情報であると同時に、相手が何を感じ、何に注意を向けているかを知るための窓でもあるのだと思いました。
講演では、鏡や写真を通して人間は自己の顔を認知するようになるという話もありました。ここで出てきたのが**マーカーテスト(ルージュテスト)**です。これは、本人が気づかないように顔に印をつけて鏡を見せ、その印を自分の顔のものとして触れるかどうかを見る方法です。
人間はだいたい2歳前後で鏡像の自己を認識できるようになるそうです。自己の顔を「自分だ」とわかることは、単に鏡に慣れることとは違って、自己意識の発達に関わる重要な出来事なのだと思います。
また講演では、犬や猫は自己を認知できず、チンパンジーやオランウータン、ネズミなどでは自己認識がみられる場合がある、という話もありました。動物にも違いがあること、人間の自己認識には特有の発達過程があることが印象に残りました。
ここで興味深かったのは、人間は単に鏡の中の自分がわかるだけではなく、社会的な自己を認知する、という点でした。つまり、自分を一人称的に感じるだけでなく、他者のまなざしを内包化した自己をもつということになります。
講演では、公的自己意識と私的自己意識という区別にも触れられていました。私的自己意識は「自分で感じる自分」に近く、公的自己意識は「他人から見られている自分」に近いものです。人間は他者の視線を自分の内に取り込みながら、自己を形づくっていくのだという説明でした。
この話を聞いて、自己意識とは閉じたものではなく、他者との関係の中で作られていくものなのです。
講演では、顔認知は自己を優先するという話も印象的でした。たとえば集合写真を見ると、他人より先に自分の顔が見つかります。これは感覚的にも非常によくわかります。
この「自己顔の優位」は、脳内ではドパミン報酬系と関係しているということでした。講演では、自分の顔はドパミン報酬系で優先されるという説明がありました。自分に関連した情報を、脳は無意識に集め、優先的に処理しているのだろうと思います。
自己の顔は、単に見慣れているだけではなく、脳にとって特別な意味をもつ刺激であり、生理的なことだということです。
SNS時代らしい話題として、自分の顔写真を美加工したときの脳活動の話もありました。講演では、自分の顔写真を美加工すると、ドパミン報酬系の側坐核が賦活化すると紹介されていました。他人の顔を加工しても同じ反応は起こらず、しかもある程度強い加工のほうが報酬系を強く刺激するようです。
この話を聞くと、美加工やレタッチに惹かれる背景には、単なる流行や見栄だけではなく、脳の報酬系そのものが関与しているのだとわかります。自分の顔が少し理想に近づいたと感じたときに、脳が「よい変化」として反応してしまう。
自閉症傾向のある人は過度なレタッチを好む傾向がある、という話にも触れられていました。ここはかなり慎重に受け止めるべき話題だと思いますが、少なくとも顔への反応や加工への嗜好にも個人差がある、という点は興味深く感じました。
ただし、美加工にはブレーキもあります。講演では、不気味の谷の話がここにつながっていました。工業ロボットから人型ロボットへと近づくにつれて好感は増しますが、ある段階で急に不気味さが強くなり、その後さらに人間らしくなると再び好感が戻ります。この落ち込む部分が「不気味の谷」です。
講演では、このとき扁桃体が強く活動すると説明されていました。扁桃体は不安や恐怖に関わる中枢として知られています。つまり、顔を美しくしたいという報酬系のはたらきと、やりすぎた顔を不自然だと感じる警戒系のはたらきが、せめぎ合っていることになります。
この話は、美加工を考えるうえでも非常にわかりやすいと思いました。少し整えると魅力的に感じられる一方で、やりすぎると急に「怖い」「不自然」と感じることがあります。その感覚には、脳の側の仕組みがあるのだという説明でした。
図3 人間らしさが増しても、不自然さが強い段階では親近感が急落します。
顔は自己だけでなく、他者の評価にも深く関わります。講演では、他者の顔評価が感情や信頼判断に影響することが紹介されていました。
この点で重要なのが扁桃体です。講演では、扁桃体を欠損した人はどんな顔の人でも信頼できる、という趣旨の話がありました。厳密には表現を慎重にしたほうがよいかもしれませんが、少なくとも扁桃体が他者への警戒や信頼判断に深く関わっていることはよくわかりました。
講演ではさらに、自分に似ている同性は信頼しやすいが、自分に似ている異性ではそうならないという話もありました。人間は顔を通して、相手との距離や親しみやすさまで微妙に判断しているのだと思います。
講演には、salience network が自己の外部・内部状態をモニタリングしているという記述もありました。これは、自分にとって重要な情報を選び出すネットワークとして理解できそうです。
人は自分自身を認識するとき、単に顔だけを見ているのではなく、外から見た自分、内側から感じる自分、他人の視線の中の自分など、さまざまな情報を統合しているのだと思います。「自己と社会をつなぐ脳の仕組み」という言葉は、salience networkと顔認識システムが融合してなせるものなのです。
今回の講演を通じて、顔というものが単なる見た目ではなく、自己と社会をつなぐ中核的な情報なのだと改めて感じました。
人間は顔を見て、その人が誰かを見分けるだけではありません。表情や視線を読み、信頼できるかを判断し、ときには自分自身をそこに見出します。さらに、自分の顔に対しては報酬系が働き、他者の顔に対しては警戒や評価のシステムが働きます。顔は、認識の対象であると同時に、自己意識や社会関係を動かす装置でもあるのだと思いました。
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